2012年09月19日
高橋長老の御教書 新編10
ありがたいお話であるから正座して読むよ~に
新編10 パートの写真を撮る
私は写真写りが悪い。大体の写真は口元が引きつったり目元が下がって貧相な顔になってしまう。また、2枚に1枚は目をつむっている。これは「写すぞー」と言われて緊張しているのに、なかなかシャッターが下りず、そのうち我慢できなくなって瞬きする、その一瞬にシャッターが切られるのだ。わざとその瞬間を見計らって写真を撮るのではないかと疑わざるを得ない。そんなこともあって、私は写真を撮られるのは好きではない。
そんな時、ギターパートだけの写真を撮ることになった。撮影するのは(可憐な)Y嬢である。ギターパートは少人数なので一人一人の顔がはっきり写る。出来栄えはどうだろか、と懸念していたら、もう一度撮るという。理由は言わないが、多分目をつむっていたにちがいない。
しかし、再度写真を撮っても首をかしげている。私一人の写真写りが悪いにしては腑に落ちない。あらためてギターの面々を検証すると、私より写真写りの悪そうな男が二人いる。なるほど、指名手配犯(または類人猿)のような顔が並んでいては、Y嬢もプログラムに載せるには躊躇せざるを得まい。
私としては、我々の写真ではなく「嵐」のメンバーの写真を代わりに載せてもらいたいと思う。我々が若い時の写真と注意書きすれば済むはずだ。それで我々もお客も喜べば何の問題もない。ちょっとY嬢に提案してみたいと思った。その場合、こんな進行が予想される。
「ギターパートには、『嵐』の写真を載せたらどうかな」
「みなさんとは違う顔を載せるのですか」
「そう、どうせ我々の顔は知られていないから、誰の写真でもいいんじゃないか。それに『嵐』の写真ならお客さんも大喜びすると思うよ」
「みなさんと『嵐』とどんな関係があるんですか」
「いや、何もないけど、我々と『嵐』と容貌が似ていると思わないか」
「そんなことは絶対にありません。断言します」
「そんなことはないだろう。目や鼻の位置、口や耳の場所も我々とそっくりだ」
「それを言うなら、チンパンジーやゴリラもそうです。チンパンジーの写真にしましょうか」
「全員チンパンジーの写真では困る。メンバーの中で似ているのは1人だけだ」
「チンパンジーとゴリラを混ぜたらどうでしょう」
「それでも対象は2人だけだろう。それに我々の自尊心も考えてもらいたい」
「それなら、やはり本物が一番です」
「本物でも自尊心が損なわれるんだ。我々の若い時の写真だということにできないかな」
「それは詐欺になります。見本と中身が違いすぎます」
「しかし、我々のつまらない写真を見てもお客さんは、不快になるだけだよ」
「でも、女性の方がいます。みなさんの顔は無視されても女性が引き立てば、それでみなさんの役割は果たされます」
いい歳をして、可憐なY嬢からこんな風にたしなめられては、長老としての立場がない。この提案は胸に収め、Y嬢に心置きなく写真を撮ってもらうしかない。どんな写真になるか、今から胸が沈む。
漢字の読み方
瞬き またたき
躊躇 ちゅうちょ
新編10 パートの写真を撮る
私は写真写りが悪い。大体の写真は口元が引きつったり目元が下がって貧相な顔になってしまう。また、2枚に1枚は目をつむっている。これは「写すぞー」と言われて緊張しているのに、なかなかシャッターが下りず、そのうち我慢できなくなって瞬きする、その一瞬にシャッターが切られるのだ。わざとその瞬間を見計らって写真を撮るのではないかと疑わざるを得ない。そんなこともあって、私は写真を撮られるのは好きではない。
そんな時、ギターパートだけの写真を撮ることになった。撮影するのは(可憐な)Y嬢である。ギターパートは少人数なので一人一人の顔がはっきり写る。出来栄えはどうだろか、と懸念していたら、もう一度撮るという。理由は言わないが、多分目をつむっていたにちがいない。
しかし、再度写真を撮っても首をかしげている。私一人の写真写りが悪いにしては腑に落ちない。あらためてギターの面々を検証すると、私より写真写りの悪そうな男が二人いる。なるほど、指名手配犯(または類人猿)のような顔が並んでいては、Y嬢もプログラムに載せるには躊躇せざるを得まい。
私としては、我々の写真ではなく「嵐」のメンバーの写真を代わりに載せてもらいたいと思う。我々が若い時の写真と注意書きすれば済むはずだ。それで我々もお客も喜べば何の問題もない。ちょっとY嬢に提案してみたいと思った。その場合、こんな進行が予想される。
「ギターパートには、『嵐』の写真を載せたらどうかな」
「みなさんとは違う顔を載せるのですか」
「そう、どうせ我々の顔は知られていないから、誰の写真でもいいんじゃないか。それに『嵐』の写真ならお客さんも大喜びすると思うよ」
「みなさんと『嵐』とどんな関係があるんですか」
「いや、何もないけど、我々と『嵐』と容貌が似ていると思わないか」
「そんなことは絶対にありません。断言します」
「そんなことはないだろう。目や鼻の位置、口や耳の場所も我々とそっくりだ」
「それを言うなら、チンパンジーやゴリラもそうです。チンパンジーの写真にしましょうか」
「全員チンパンジーの写真では困る。メンバーの中で似ているのは1人だけだ」
「チンパンジーとゴリラを混ぜたらどうでしょう」
「それでも対象は2人だけだろう。それに我々の自尊心も考えてもらいたい」
「それなら、やはり本物が一番です」
「本物でも自尊心が損なわれるんだ。我々の若い時の写真だということにできないかな」
「それは詐欺になります。見本と中身が違いすぎます」
「しかし、我々のつまらない写真を見てもお客さんは、不快になるだけだよ」
「でも、女性の方がいます。みなさんの顔は無視されても女性が引き立てば、それでみなさんの役割は果たされます」
いい歳をして、可憐なY嬢からこんな風にたしなめられては、長老としての立場がない。この提案は胸に収め、Y嬢に心置きなく写真を撮ってもらうしかない。どんな写真になるか、今から胸が沈む。
漢字の読み方
瞬き またたき
躊躇 ちゅうちょ
2012年09月06日
高橋長老の御教書 新編9
ありがたいお話であるから正座して読むよ~に
新編9 おみやげ
「長老、お土産です」と練習の合間に、S君が包装したお菓子箱を持ってきた。私に贈り物を持ってくるとは、最近珍しい、いい心がけの若者だ。
「ありがとう。しかし、私一人が貰うわけにはいかないよ。みんなにも分けたらどうだろう」
「あ、最初からそのつもりです。この辺の人にも分けたいので、包装紙を開けてくれませんか」
なんと、私に分ける準備をさせるために持ってきたのか。人使いの荒い奴め。いい心がけの若者という評価は取り消しだ。しかし、最初に私のところにお土産を持って来たのは、私を尊敬しているからに違いない。ここは我慢のしどころだ。
「おっ、『面白い恋人たち』か。どこに行ってきたんだい」
「いえ、『面白い』じゃなくて、それは『白い恋人たち』です。北海道に行ってきたんです」
「えっ、『白い恋人たち』は発売禁止になっていたんじゃないか。ひょっとして非合法の密造品じゃないだろうね」
「ええー、『白い恋人たち』は、もう再発売されているんですよ。今は、どこでも売っています」
「そうか、私が何年か前に北海道に行ったとき『白い恋人たちあります。せん』という看板が印象的だったが…もうそんな看板を見ることもできなくなったか」
「そもそも、あれは販売自粛で、違法な食品じゃないんですよ」
「思い出してきた。確か賞味期限を改竄したとか…だった」
「もともと6か月以上賞味期限があったのに、販促のために短くして…その賞味期限を越えたものを売っていた、ということだったと思います」
「まあ、こんな焼き菓子みたいなものは、密封しておけば10年ぐらい持つよ」
「でも、これはチョコレートが挟んでありますからね」
「茶色の紙で包んであるのが、チョコレートかな」
「いえ、白い包み紙がチョコで、それはホワイトチョコです」
「紛らわしい。まったく正反対の色にするのは、人をおちょくるためか」
「お年寄りや単純な人はまごつくかもしれませんが、僕らは平凡な常識を超えた新感覚の演出と考えます」
「お土産屋さんが、そんな深遠なことを考えるとは思えない。作るとき、単純に包み紙を間違えただけじゃないかな」
「どのみち、食べる時には捨てちゃうんですから、問題視するほどのことはないでしょう。もうひとついかがですか」
「志はありがたいが、まずはみんなに配ってよ。足りなくなった時、長老が余分に食べたなんて言われたくない」
「ほかの人達には別の包みを配っています。これは残りものです」
いい心がけの若者でないばかりか、私を尊敬していない若者だった。
漢字の読み方
改竄 かいざん
新編9 おみやげ
「長老、お土産です」と練習の合間に、S君が包装したお菓子箱を持ってきた。私に贈り物を持ってくるとは、最近珍しい、いい心がけの若者だ。
「ありがとう。しかし、私一人が貰うわけにはいかないよ。みんなにも分けたらどうだろう」
「あ、最初からそのつもりです。この辺の人にも分けたいので、包装紙を開けてくれませんか」
なんと、私に分ける準備をさせるために持ってきたのか。人使いの荒い奴め。いい心がけの若者という評価は取り消しだ。しかし、最初に私のところにお土産を持って来たのは、私を尊敬しているからに違いない。ここは我慢のしどころだ。
「おっ、『面白い恋人たち』か。どこに行ってきたんだい」
「いえ、『面白い』じゃなくて、それは『白い恋人たち』です。北海道に行ってきたんです」
「えっ、『白い恋人たち』は発売禁止になっていたんじゃないか。ひょっとして非合法の密造品じゃないだろうね」
「ええー、『白い恋人たち』は、もう再発売されているんですよ。今は、どこでも売っています」
「そうか、私が何年か前に北海道に行ったとき『白い恋人たちありま
「そもそも、あれは販売自粛で、違法な食品じゃないんですよ」
「思い出してきた。確か賞味期限を改竄したとか…だった」
「もともと6か月以上賞味期限があったのに、販促のために短くして…その賞味期限を越えたものを売っていた、ということだったと思います」
「まあ、こんな焼き菓子みたいなものは、密封しておけば10年ぐらい持つよ」
「でも、これはチョコレートが挟んでありますからね」
「茶色の紙で包んであるのが、チョコレートかな」
「いえ、白い包み紙がチョコで、それはホワイトチョコです」
「紛らわしい。まったく正反対の色にするのは、人をおちょくるためか」
「お年寄りや単純な人はまごつくかもしれませんが、僕らは平凡な常識を超えた新感覚の演出と考えます」
「お土産屋さんが、そんな深遠なことを考えるとは思えない。作るとき、単純に包み紙を間違えただけじゃないかな」
「どのみち、食べる時には捨てちゃうんですから、問題視するほどのことはないでしょう。もうひとついかがですか」
「志はありがたいが、まずはみんなに配ってよ。足りなくなった時、長老が余分に食べたなんて言われたくない」
「ほかの人達には別の包みを配っています。これは残りものです」
いい心がけの若者でないばかりか、私を尊敬していない若者だった。
漢字の読み方
改竄 かいざん